薄暗い一人暮らしのアパート。モニターから放たれる青白い光だけが、狭い部屋の闇を切り裂いていた。その光に照らされた青年の顔は、疲労と興奮が入り混じった表情を浮かべている。31Please respect copyright.PENANAmCxnpuYUaH
指先がキーボードを叩く音は、激しくなったり静かになったり―まるで夏の終わりを告げる夕立のメロディーのようだ。
「許さん、もう持たないぞ!俺が先に行く!」31Please respect copyright.PENANAkHD4npMzkw
明の叫び声が安物のヘッドホンを通して響き、耳障りなノイズが許惟の苛立ちを募らせた。。
「うっせーな。集中できねーだろ」31Please respect copyright.PENANASDDFt8y6lr
許惟はマウスを素早く操作しながら、次々と襲いかかる攻撃を見切っていく。
画面に映し出されたのは、漆黒の翼を広げた地獄の使者ベルゼブブである。その翼膜に走る赤い血管は鼓動を打ち、六つの複眼から放たれる燐光が、虚空に漂う恐怖を際立たせていた。
「避けろっ!」
明の叫びと同時に、ベルゼブブの顎が大きく開く。幾重にも重なる白い牙の奥から、深紅の光球が禍々しく膨れ上がっていく
許惟は息を詰め、ベルゼブブが光球を吐き出した瞬間に防御魔法を解き放った。一瞬の青い光に包まれながら、彼はすべての魔法攻撃を無効化する一時的な無敵状態に入った。
「助けに行くからな!」
突然、明のキャラクターが駆け寄り、許惟のアバターを力任せに押しのけた。
「このバカが……」
許惟は呆然と、明のキャラクターが炎の渦に飲み込まれ、光の粒子となって消えていくのを目の当たりにしている。
「せっかくの必殺技が台無しじゃねーか……」
まさにそのとき、同じパーティーの見知らぬプレイヤーたちが絶好のタイミングで総攻撃を開始した。無数の矢と七色の魔法弾がベルゼブブに雨あられと降り注ぎ、巨大な魔物の体を貫いていく。
戦利品を拾い集め、さらには明と許惟の装備まで奪い去ったあいつらは、二人をブロックし、音もなくパーティから姿を消した。
「……」
許惟は開いた口が塞がらず、言葉を失った。明も自分の過ちを悟って黙り込んでいる。ボイスチャットに流れるのは重苦しい沈黙だけ。
「悪い、先に落ちる」
明の声に罪悪感が滲み、通信が途絶えた。
「くそっ、明日の一限で目ん玉飛び出るくらいビンタかましてやる」
許惟は「ファンタジープリンセス」のウィンドウを閉じた。そして疲労感に支配された体を椅子に深く沈め、天井を見上げる。
『ファンタジープリンセス』——高い自由度を誇るVRMMORPG。剣士、魔法使い、弓使いといった一般職から、珍しい特殊職まで、プレイヤーは自分だけの冒険の道を選べる。複雑な魔法スキルやコンボを組み合わせて強力な敵やボスに立ち向かうのが醍醐味だ。31Please respect copyright.PENANAuniGpjc2wf
「ファンタジープリンセス』—高い自由度を誇るVRMMORPG。剣士、魔法使い、弓使いといった一般職から、珍しい特殊職まで、プレイヤーは様々な道を選べる。複雑な魔法スキルやコンボを組み合わせて強力な敵やボスに立ち向かうのが醍醐味だ。
物語は王道を歩む。西洋風の世界で騎士となり、シジナ姫様と共に魔王の野望を砕く—そんな古典的なストーリーライン。
「このゲーム面白いけど、レポートを書くのを忘れるほどハマるとは」31Please respect copyright.PENANAdp4wC5gKcF
許惟は目を伏せた。これではきっと単位を落とすのだろう。
苦労して得た成果と課金装備が水の泡となり、学業も疎かになる。許惟は人生の意味を疑い始めていた。
「やっぱり勉強に集中すべきだな。このクソゲーを続けても、高血圧になるだけで何も得られない。」
惟は立ち上がり、背中を丸めて冷蔵庫へ向かった。
突然、めまいが前頭部から広がった。鼓動は次第に弱まり、視界が狭まる。眠気はないのに、意識が遠のいていく。
「クソゲー」31Please respect copyright.PENANA0oucZCqiEJ
言葉を最後まで言い切れず、許惟は床に倒れ込んだ。冷蔵庫の無機質な白い光が、彼の青白い顔を照らしている。
☆ ☆ ☆
「転生成功」
まぶしい陽光が直に降り注ぎ、許惟は手で日差しを遮りながら、徐々に意識を取り戻した。
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