騒がしい世界では、近くにあるものほど見えにくくなることがある。
仕事、予定、画面、返事を待つ通知。日々は細かい用事で埋まり、気づけば大切なものほど、いつもそこにあるという理由だけで後回しにされている。都会の明かりが強すぎる夜に、星の存在を忘れてしまうのと少し似ている。
弟という存在も、きっとそういうものだった。
あまりに近くにいた。近すぎたから、あらためて考えることが少なかった。同じ家の中にいて、同じ時間を過ごし、同じ季節を何度も通り抜けてきた。子どもの頃には、それが特別なことだとは思わない。兄弟とはそういうものだと、ただ当然のように受け入れていた。
けれど、当然だったものほど、後になって重みを持つ。
一緒に笑ったことがある。つまらないことで喧嘩したこともある。遊びに夢中になり、時間を忘れた日もあれば、互いに腹を立て、しばらく口を利かなかった日もあった。子どもの頃の感情は、いつも少し単純で、少し強い。楽しい時は世界が明るく見え、怒っている時はその怒りだけがすべてのように思えた。
それでも、そうした感情は長くは残らなかった。
不思議なことに、記憶の中で残っているのは、喧嘩の理由よりも、その後また普通に並んでいたことのほうである。何を言い合ったのかは忘れていても、気づけばまた同じ部屋にいて、同じものを見て笑っていた。兄弟の関係には、そういう回復の早さがある。説明しなくても戻れる場所が、どこかに残っている。
大人になるにつれて、弟との距離は少しずつ変わっていった。
昔は後ろをついて来ていた存在が、いつの間にか自分の考えを持ち、自分の選択をするようになる。相談することもあれば、反対にこちらが何かを教えられることもある。弟はいつまでも弟である。けれど、弟であると同時に、一人の人間として別の輪郭を持ち始める。
その変化には、少し寂しさがある。
もう子どもの頃のままではない。何もかもを共有していた時期は過ぎていく。それぞれに生活があり、考え方があり、これから選んでいく道がある。けれど、それは遠ざかることと同じではない。むしろ、相手が自分の人生を持ち始めることで、関係は別の深さを得ていく。
弟を大切に思うということは、守り続けることだけではないのだと思う。
時には、見守ること。相手の選択を尊重すること。必要以上に口を出さず、それでも必要な時には近くにいること。兄であることは、いつも先に立つことではない。時には一歩引き、弟が自分の足で進むのを待つことでもある。
外の世界でつまずく日がある。
思ったようにいかない日もある。仕事で疲れ、人間関係に消耗し、自分の判断が正しかったのか分からなくなる時もある。そういう時、弟の言葉が不意に力をくれることがある。大げさな励ましでなくてもいい。短い返事。少しふざけた一言。深刻になりすぎた気持ちを、元の大きさへ戻してくれるような軽さ。
支えとは、必ずしも立派な言葉ではない。
そこにいること。変わらずに連絡が取れること。話せば分かるという感覚があること。何かをすべて説明しなくても、長い時間を共有してきた相手には伝わるものがある。弟の存在は、そういう意味で、生活の奥にある静かな支えなのだと思う。
無償の愛という言葉は、少し大きすぎるかもしれない。
けれど、家族の中には、それに近いものが確かにある。完全に美しいものではない。時には面倒で、時にはぶつかり、時には互いに理解できない。それでも、関係を簡単には手放さない。怒りが過ぎた後にも、疲れた日の後にも、また同じ場所へ戻ってくる。その繰り返しの中に、家族らしさがある。
弟は、ただの弟ではない。
人生のかなり早い時期から、同じ景色を見てきた人である。まだ何者でもなかった頃の姿を知っている人である。外の世界でどれだけ役割が増えても、肩書きが変わっても、どこかで昔のままの自分を覚えている人がいる。そのことは、思っている以上に人を安心させる。
もちろん、未来は分からない。
これからも生活は変わっていく。住む場所も、仕事も、考え方も、少しずつ変わるだろう。近くにいる時期もあれば、物理的に離れる時期もあるかもしれない。人は同じ場所に留まり続けることはできない。兄弟であっても、それぞれの人生を歩いていく。
それでも、変わらずに残るものがある。
同じ家で育ったこと。子どもの頃に笑ったこと。喧嘩をしても、また戻ってきたこと。何も言わなくても分かる表情があること。困った時に、ふと顔が浮かぶこと。そうしたものは、華やかではない。けれど、長い人生の中では、華やかなものよりもずっと確かである。
感謝は、日常の中では言いそびれやすい。
近い相手ほど、言葉にするのが少し照れくさい。分かっているはずだと思ってしまう。けれど、分かっているはずのことほど、時々は言葉にしておいたほうがいい。関係は、沈黙だけではなく、短い言葉によっても支えられる。
弟がいてくれたこと。
これまでの時間の中で、そばにいてくれたこと。笑い、ぶつかり、変わりながらも、同じ関係の中に残ってくれたこと。その一つひとつは、大きな出来事ではないかもしれない。けれど、それらが積み重なって、今の関係を作っている。
世界はこれからも騒がしい。
仕事は続き、街は急ぎ、人はそれぞれの場所へ向かっていく。その中で、本当に大切なものは、しばしば静かな顔をしている。強く主張せず、光りすぎず、ただ長い時間そばにある。
弟という存在は、その一つである。
嵐の日も、晴れた日も、いつも手を取り合って歩けるわけではない。人はそれぞれ、自分の足で歩かなければならない。それでも、どこかで相手の存在を知っているだけで、歩き方は少し変わる。
弟がいる。
その事実は、派手な希望ではない。413Please respect copyright.PENANA1kEoOZhaKA
けれど、人生の深いところを静かに支えてくれる、確かな光である。


